メールマガジンNO.7バックナンバー

甲状腺眼症に対する新しい治療薬 - Tepezza(テッペーザ、テプロツムマブ)

はじめに
甲状腺眼症(バセドウ病眼症)の治療薬として、新たにテッペーザ(一般名:テプロツムマブ)が臨床に使用できるようになりました。本剤は、インスリン様成長因子-1受容体(IGF-1R)阻害剤で、活動性甲状腺眼症の治療に高い有効性を示しています。本邦では2024年に承認され、対象患者の選択、副作用への注意、病態生理の理解を基に適切に使用されることが求められます。

  1. 甲状腺眼症の頻度・疫学
    1) 発症年齢: 発症年齢のピークは男女とも二峰性です。女性では40~44歳、および60~64歳、男性では45~49歳、および65~69歳がそれぞれのピークとなります。女性の発症は男性よりも約5年若い傾向があります。
    2) 男女比: 女性に多く(約3:1)、男性患者は重症例が多い傾向があります。
    3) 有病率: バセドウ病患者の25~50%、慢性甲状腺炎患者の約2%に甲状腺眼症が発症するとされています。
  2. 甲状腺眼症の病因と病態
    1) 病因: 自己免疫性疾患として、甲状腺刺激ホルモン(TSH)受容体への自己抗体が病態を引き起こします。IGF-1RはTSH受容体とクロストークを介して相互に作用し、病態形成に寄与していますが、IGF-1Rへの自己抗体の存在は否定的とされています。
    2) 進行経過:
    a). 活動期(急性期): 炎症が主体で、眼窩組織の浮腫、結膜充血、眼球突出などが顕著。
    b). 非活動期(慢性期): 組織の線維化が進行し、眼球運動障害や視力障害が残存することがあります。
    3) 病態:TSH受容体とIGF-1Rが眼窩線維芽細胞で共局在し、相互作用により炎症性サイトカインの過剰産生やグリコサミノグリカン(GAG)の増加が引き起こされます。この過程が眼窩組織の肥大化と線維化を促進し、眼球突出や視機能障害を引き起こします。
  3. テッペーザの作用機序
    1) 標的: テッペーザはヒト型モノクローナル抗体で、IGF-1Rを特異的に阻害します。
    2)メカニズム:
    TSH受容体とIGF-1Rのクロストークを遮断。
    眼窩線維芽細胞の活性化や脂肪細胞への分化を抑制。
    炎症性サイトカインの産生を減少させ、GAG生成を抑制。
    これにより眼球突出や外眼筋の肥大が改善されます。
  4. 投与対象患者
    1) 適応: 活動性甲状腺眼症患者。
    保険適応は活動性甲状腺眼症患者となっていますが、本邦の第3相試験は中等症から重症患者を対象に行われています。軽症は含まれていないので、軽症例の有効性や安全性はわかっていません。
    2) 禁忌:
    本剤成分に過敏症の既往歴がある患者。
    妊婦または妊娠可能性がある女性(最終投与から5か月間の避妊が必要)。
    3) 小児を対象とした試験は実施されていないので小児での安全性は確認されていない。現段階では使用しない方が良いと思われます。
    4)投与
    注意すべき患者: 聴覚障害、糖尿病、耐糖能異常、IBDの患者には慎重な判断が必要です。また糖尿病・耐糖能異常がある方は事前の血糖コントロールが必要です。
  5. 投与方法
    用量: 初回10mg/kg、その後20mg/kgを3週間間隔で計8回点滴静注。
    調製と投与: 注射用水で溶解し、生理食塩液で希釈。投与時間は90分とすること、3回目以降は患者の忍容性に応じて、60分まで短縮可能。
  6. 効果
    治療効果: 国内第III相臨床試験(HZNP-TEP-303試験)において、24週目の眼球突出の改善率は本剤群で88.9%(24/27例)、プラセボ群で11.1%(3/27例)と高い有効性を示しました。
    再燃は追跡調査期間中に34例中10例(29.4%)に認められ、その内訳は48週目が7例、60週目が2例、72週目が1例でした(OPTIC試験)。
  7. 主な副作用と頻度・対策
    1) 聴覚障害
    頻度: 14.8%(本剤群、国内試験)。
    内容:耳鳴(4.8%)、聴力低下(3.8%)、感音性聴力低下(1.9%)、自声強聴(1.0%)耳管開放(1.0%)、難聴(1.0%)など。
    対策: 定期的な聴力検査を実施し、症状が出現した場合には早期に耳鼻咽喉科を受診。
    2) 高血糖および糖尿病:
    頻度:
    高血糖: 1.9%(本剤群、国内試験)。
    糖尿病: 3.8%(本剤群、国内試験)。
    内容: 血中ブドウ糖の増加、糖尿病性ケトアシドーシスのリスク。
    対策: 投与前後の血糖値モニタリングとコントロール、必要があれば糖尿病専門医との連携。
    3) Infusion reaction:
    頻度: 1.9%(国内試験)。
    内容: 一過性の血圧上昇、頭痛、筋肉痛など。
    対策: 抗ヒスタミン薬やステロイド薬の前投与を検討。
    4) 炎症性腸疾患(IBD)増悪:
    頻度: 1.2%(海外試験)。
    内容: 粘血便、腹痛、下痢の悪化。
    対策: 症状出現時は速やかに消化器内科を受診し、治療を調整。
  8. 特記事項
    1) 薬価: 本剤の薬価は500mg瓶あたり97万9920円です。初回投与では10mg/kg、2回目以降は20mg/kg
    を7回投与するスケジュールとなります。例えば、体重50kgの患者の場合、以下のような計算になります:
    初回: 10mg/kg → 500mg瓶1本使用 → 97万9920円
    2回目以降: 20mg/kg × 7回 → 500mg瓶2本使用/回 → 97万9920円 × 2 × 7回
    総額: 1469万8800円
    高額な治療費がかかるため、患者負担を軽減するための公的補助制度や保険適用についての相談が重要です。
    2) 胚・胎児毒性: 動物試験で催奇形性が確認され、妊娠中の使用は禁止。
    3) 患者教育: 副作用や治療内容を患者に説明し、同意を得た上で投与を行う。
    テッペーザは甲状腺眼症治療に新たな選択肢を提供するだけでなく、これまで治療法に限界を感じていた患者さんにとって、大きな福音となることが期待されています。